イベントコンパニオンとは

イベントよりも大注目したい、イベントコンパニオン!

イベントコンパニオンとは

ある意味催し事の看板イベント

一年間に日本国内で開催されている国内イベントの数はおよそ数千というイベントが開催されている。その中には近未来を担う、またはこれより先発売されることになる最新商品、もしくは現在開発段階にある技術をお披露目する催し事などが開かれ、現代の技術力の高さに感服してしまう人もが続出している。特に後者の技術面に関するイベントについては、一般の人にとってはまさに夢にまで見たような開発がここまで進行していたのかと、驚愕させられることがほとんど。ただそうしたイベントは業界関係者を中心としたビジネス面のみをターゲットにしているため、実際に目の当たりにする機会に恵まれる人は、限られている。それ以外の一般人でも観覧できる日ともなれば、全国各地からイベント目的で足を運び、開催数日で何万人という顧客が会場に押し寄せることになる。

人の流れはイベントの中でも特に注目となる、誰もが興味を持つことになる期待されている内容へと特に集中する。人気の出るイベントというのも開催される前に、おおよそ判断できることもあって他の企業は、そうした人気企業ばかりに訪れた一般観覧の人々に興味を持ってもらおうとするために様々な施行を用意する。特典を配布する、限定商品を販売する、といったような商法は今や何処でも見られる手段だ。ただブースに訪れる人々の中には最新情報はもちろんのこと、それ以外にも注目している点があって訪れている人がいる。ただそんな人の目的はブース本体ではなく、ブースとイベントを盛り上げるために職務を行っている『イベントコンパニオン』目当てにしている男性が多いはず。

筆者としては、正直イベントに来てまでコンパニオンに視点が行くことはあっても、目的としていることは殆ど無い。軽く目線こそ奪われるが、イベントには業界の最新情報を見に来ているため、目的としている部分が少し焦点が定まっていないため、どんなに見てもイベントが終わって帰宅する頃にはコンパニオンのことなど忘れているものだ。ただコミケにしても何にしても、こうしたイベントで衣装を身につけている女性たちの写真を熱心に撮影している人を見るたび、好きだなぁと生暖かい視線を向けながらやり過ごしている。

イベントコンパニオンについて魅力を感じる男性はいるだろう、女性としても仕事としてみれば非常に給与的なものがいいのでは、なんて思ったりするはず。そんなイベントコンパニオンについて、ここから少し考察を加えながら話をしていこう。


ルーツは

いつの頃からか、こうした業界関係の最新情報を発信するイベントを始めとした催し事には来場客を出迎えるような女性たちが出現した理由について知らないという日ともいると思う。なので少し調べてみると、一般的に認知されるようになったのは1970年ごろにに開催されたとあるイベントによって周知されることになったという。そのイベントとは、当時世界最大であり、日本に国内外を問わず大量の来場客を招き寄せた『大阪万博』がきっかけと言われている。高度経済成長期の時代、まだまだ日本としてこれからが成長途中と言われる中で開催された大阪万博は、国内からの人の波が大阪に押し寄せ、展示物を閲覧するために数時間待ちも当たり前だったと言われている。筆者的に言わせてもらうと、本当にそこまでして見るほどの価値があるかが疑問に残るところだ。いつぞや、どこかで誰かが言っていた言葉を思い出す。

・『行列の先に、自分の楽しみが感じられない行列なんて並びたくない』

この言葉を思い出す、確かに自分がここぞというものが販売されているなどがあれば行列に並ぶことに抵抗感は示さない、しかしこの大阪万博では閲覧するだけで、何かを購入するわけではない。そう考えると数時間並んで、挙句展示物を閲覧する時間が分もないというのは、もはや喚き散らして良いレベルだ。楽しみがない行列と、結果として形と満足考えられなければ、元は取れないと考えている人にしてみれば、このイベントは歴史的ではあるが、自分で足を運んでみたいとは思わないだろう。

話が逸れたが、ともかく大阪万博からイベントコンパニオンという職の存在が世間に知られていく。つまり、それ以前から似たようなことをしている女性たちがいたということと解釈できる。では何故大阪万博から注目されるようになったのかだが、それは当時の女性としてのスキルに焦点が当てられた。

大学に在学=良家のお嬢様

大阪万博は日本国家としても決して失敗することのできないイベントだった。結果としてこのイベントが成功したことで日本に多大な経済効果をもたらし、高度経済成長期の中でさらなる飛躍を遂げることとなる。そもそも失敗という二文字を掲げていないことは明白で、イベントに従事する関係者も選り好みで選抜する必要があった。また万博は世界としても注目を集めているイベントになっており、また万博に出店しているブースも外国のものが多かったため、当然世界各地から日本に足を運ぶ観光客も多かった。

そうなると当然語学力、さらに接客マナーに関してのスキルに堪能な人間を配備しなければ、日本に対してのイメージ悪化が免れない。過程の中で日本の立ち位置は非常に微妙なものだった、経済復興を続けている中でまだまだ敗戦国としての色を持っていたため、世界に日本の存在を伝播させるためにもイベントはもちろん、日本人らしい態度ができる女性たちを入れれば株も上がる、そう考えたのだろう。

そうしたこともあり、当時はまだ大学に進学できる女学生も資産家を始めとした、令嬢などが中心となっていたため、そんな彼女たちに白羽の矢が立てられた。当然ながら間違いは許されない、今でもそうだが、日本の状況を鑑みた万博で不祥事を起こすものなら、女性だけでなく親族にまで国からの圧力がかけられてしまう。粗相がないようするためにも自分の立場をわきまえている、そんな女性がイベントを盛り上げてくれたことで、日本も無事軌道に乗ったということだ。

元は格式高い仕事だった

今でこそイベントコンパニオンという仕事は女性なら条件を通過すれば出来る仕事だが、万博などが開催されていた頃のイベントでは、語学やマナーに優れた女性たちを採用して、イベントを盛り上げると同時に、日本人の淑女とはこのような人々であると印象を持ってもらえるような人でなければ務まらない、そんな仕事だったようだ。

その後80年代に突入すれば国内開催のイベントも増えていき、イベントで活動するコンパニオンも令嬢というブランドに留まらず、身分に関係ない女性たちが採用されていった。そしていつしかイベントコンパニオンという仕事は『女性のアルバイト』という認識が持たれるようになり、また現在でも職業として人によっては憧れを持っている仕事になっている。イベントコンパニオンという仕事が元々、令嬢を中心とした限定的な仕事であったが、今では特別なスキルを持っていなくても、提示された条件を満たしていれば誰でもなることができる仕事としてそのハードルが下がった。それにも驚くが、原点がお嬢様たちの仕事であったという事のほうが、この場合衝撃的かもしれない。


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